今回は初の東北在住者です。Webデザイナーで株式会社かむろみプランニング・代表取締役・みや崎ひろみさんです。
■病気克服から代表取締役への道のり
「完全な回復は不可能なので余生は趣味などして過ごすように・・・」医師からそんな宣告をうけたらどうしますか?
みや崎さんは産後、重度のうつ病を患い、正気と錯乱状態を行き来していたのだそうです。錯乱時に子供に危害が及ぶことを恐れ、入院して治療することを選択しました。
「治療方法はいろいろでした。ただ、具合が悪い時は薬を飲むことが必要であり、少しずつ代替療法へと切り替えることが大事でした。代替療法として効果があったと感じたことは、アートセラピー、夢日記、パッチワークなど様々ですが、どれも単純作業で、適度に達成感があるものばかりです。」と、みや崎さん。治療の詳細等は、10月1日に産後うつの情報ポータルサイト「ママブルー」を公開しましたので、是非、そちらをご覧下さい。
退院後、趣味に生きることを決めたみや崎さんは、ネットサーフィンで知り合った主婦仲間とホームページを作ることになりました。これがみや崎さんの性格に合っていたのでしょう。生きがいを見つけたように体調は回復し、Web制作の仕事を開始できるまでになりました。しかし、一度は生死をさまよったみや崎さんに家族の反対はなかったのでしょうか?
「仕事を始める前、夫婦で何度も話し合い、その後、当時幼稚園の息子も交えてじっくり話し合いました。私は子供にも意見があると思っています。実際、じっくり話し合うことで、それぞれ納得いく形で仕事を始めることができました。言葉では言い尽くせないくらい感謝しています。」
おかげで今でも“家族は一番の理解者で熱狂的なファン”なのだそうです。家族の励まし、応援、家事育児や会社の経理までも含めた手助けが、みや崎さんをがっちりと支えているのだと確信しました。
そしていよいよ仕事開始です。最初はパート勤務からのスタート。しかし、勤務先が遠く病気がちな子供をおいて通うことができず、在宅勤務となりました。
その後、「事務所を持って欲しい」とのクライアントの要望に応えるべく、福島県のインキュベーションルームへの入居を決意。その時の面談で「いずれは会社に」と言ったことがきっかけで、株式会社設立まで辿り着くことになったのです。
■「福島うぇぶ」
みや崎さんは仕事以外に「福島うぇぶ」というサイトを運営しています。「身近ですぐに会えるようなデザイナーに出会いたかった」との動機どおり、メンバーはみや崎さんの住んでいる福島市内とその周辺のみです。「月2回、集まって託児付き勉強会を開いています。とてもアットホームな雰囲気で活動していますよ!」
確かにSOHOとして働いていると実際に会って交流することは少ないものです。あえて近くに限定することによって交流を深め、一緒にスキルアップするのはステキなことですね。
■最後にみや崎さんから読者の皆さんへ
チャンスの神様の前髪を掴め!という格言があります。それは普遍の真実だと思います。同じチャンスが来るならば早く行動するにこしたことはないと思っています。その時に大事なのは、自分の第六感です。
- みんながイエスでも、自分のどこかが「ノー」だったら、やらない。
- みんながノーでも、自分の深いところで「イエス」だったら、やる。
- 「あと24時間しか生きられないとしたら、私は何をするだろう?」
- 「自分の葬式で、私は家族や友人からなんと言われたいだろう?」
私の全ての行動はこれで動いています。どうせなら悔いのないように生きたいですよね!でも、それが実現できているのは、夫や子供が私の一番の理解者で応援してくれているからです。家族の応援を得るのはとても大切だと思います。十分な納得と熱狂的な家族の応援で、こういう仕事は続けることができるのだと思います。
取材の最後に「すべて偶然だし、家族のおかげなんです」と謙遜するみや崎さん。うつ病克服の方法を自分で見出し、回復後はWeb制作を一生懸命勉強し、独り立ちできるようにまでなりました。そして、ついに株式会社を設立!
これを努力家と呼ばずに何と呼ぼう!だと思いませんか?病気までチャンスに変えてしまったみや崎さんのように何がきっかけでチャンスが生まれるか分りません。自分の人生、チャンスはきっちりつかんでいきたいですね。
取材執筆: 上野久美子
|